創作怪談 「墓場通い」
夜の墓場で、お酒を飲んでいた時期がある。
当時の私は職場でのストレスによって眠れぬ日々を過ごしていた。
ベッドで横になっても眠れず、体だけは休めようと目を閉じはするのだがあれこれと嫌なことを思い出し、あれこれと嫌なことを考え出しで少しも休まらない。
気が付けば私はベッドを抜け出して、夜な夜な歩き回るようになった。
家で悶々としているよりは大分気持ちが晴れた。
しかし、たまに人とすれ違うことがある。
私は狭い田舎の集落に住んでいるので、顔はすぐに割れてしまう。
あまり遅い時間に頻繁に出歩いていると噂になり親に話がいき、外出を禁止されたら嫌だなと思った。
そこで人が一切寄り付かない場所はどこだろうと考えて足を向けたのが「墓場」である。
私の先祖が眠る墓の前に腰を下ろす。風で木々が揺れる音。虫の鳴き声。
墓場は思ったよりもにぎやかだった。
自室に比べれば静寂とは程遠い環境なのだが、不思議と心が落ち着いた。
そこから私の「墓場通い」が始まった。
最初は手ぶらで行っていたのだが、そのうち道中にある自動販売機で缶ビールを一本買い、それを墓場で飲み干して帰路につき自室で眠るという日が続いた。
自分の避難場所を見つけることが出来たと思っていたある日の晩。
いつものように先祖の墓の前で缶ビールを飲んでいると、風がぴたりと止み、虫たちの声が一切聞こえなくなった。
一瞬にして辺りは静まり返り、肩にのしかかるような静寂に包まれる。
その時に私はこんなことを思ってしまった。
「ナニカが、降りてきた」
それはこれから墓場の中を巡回し始めるだろう。と。
私は先祖の墓と隣の墓石を区切る石壁の陰に体を隠すと、息を殺した。
風が止み、本来であれば蒸し暑い夏の空気でじわりと汗をかくはずが、その時は体の芯から冷えていくような寒気を感じた。
腕には鳥肌が走り、顔の皮膚がつっぱる。
ほどなくして、肩が軽くなった。再び風が吹き始め、虫たちの声が聞こえてきた。
ナニカは、行ってしまったようだ。
体の緊張を解き、私は大きく息をついた。
その時、私のため息に重なるようにして、
はあ
と、誰かの吐息が重なった。
END