創作怪談 「見ている」
お盆で実家に帰省した。
移動の疲れを癒すために家でのんびりとしていると、旧友から連絡があった。
多忙でここ数年戻ることができなかったようだが、今回はなんとか帰ってくることができたらしい。
玄関先から聞きなれた声がした。弟の声だ。
その後に続いて弟の奥さんの声、そして3人の子供たちのじゃれあう声が玉になって部屋の中に転がり込んでくる。
弟の子供達に私はひどくなつかれている。それは嬉しいことなのだが、いつもまとわりつかれてもみくちゃにされてしまう。
もうしばらくのんびりとしていたいが、子供たちはそれを許してくれないだろう。
電話越しの級友に家で休ませてもらうがてら合わないかと聞くと、友人は言葉を濁らせた。
「良いけど、もしかしたら怖い思いをさせてしまうかも」
どういうことかと聞こうと思ったところで六つの小さな瞳が私を捉え、一直線に向かってきた。
「うげ、とりあえず向かうわ」
私は案の定体にへばりついてきた子供たちを引きはがしながら玄関にたどり着き靴を履き、からがら玄関から外に出ると旧友の家に向かった。
旧友の家はお寺の真横に位置している。
掃除の行き届いたとても美しいお寺だ。
その景観を損なわないためにか、旧友の両親も家とその周囲をこまめに掃除していたのを思い出した。
見たところ、その習慣は今も変わっていないようだ。
玄関の引き戸を開ける。驚くほどに滑らかにスライドする引き戸だった。
「すぐ中に入って扉を閉めて!」
玄関を開けるなり、旧友の声がした。
私は少し面食らったが、言われるままに体を家の中に滑り込ませると後ろ手に玄関の戸を閉めた。
勢いあまった戸が壁にぶつかり少し大きな音を立てた。
「ごめん、壁にぶつけちゃった」
「大丈夫。ごめんね、前もって言っておけばよかった」
上がって。
私は靴を脱ぐと、彼女の部屋のある階段を彼女の後に続いて上った。
暗い。私が階段を上りながら思ったのはそれだった。
幼い頃の記憶では、旧友と旧友の両親はとても明るい性格で、家の中もそんな彼女たちの性格を体現するかのように明るくて風通しの良い家だったと記憶している。
しかし今は違う。窓という窓が閉め切られ、おまけにカーテンまで隙間なく閉じられている。外は雲一つない晴天だというのに・・・・・・。
それは旧友の部屋の窓も同様だった。
「あのさ、なんでこんな良い天気なのにカーテンまで閉め切ってるの?」
私は部屋に着くまでに感じた疑問を率直にぶつけた。旧友は少し間を置くと、私を見据えた。
「そういえば、お盆に私の家に来るの初めてだよね。うちは毎年お盆の時期はこういう風に窓とカーテンを締め切ることにしてるの」
旧友の声は少し震えていて、表情もひきつっている。背中に何か冷たいものが這うのを感じた。
「仕事で忙しくて帰省できないっていうのはこの家に帰ってこない為の言い訳なの。正直に言うと、この時期にこの家にはいたくないの」
そう一息に言うと、友人は鼻から大きく息を吸い込んで細く息を吐いた。持ち上がった肩がゆっくりと下降し元の位置へと戻る。
「な、なんで?」
聞いたら必ず後悔する。そう直感したが怖れと同時にこみ上げてきた好奇心がわずかに先行してしまった。
「見てくるの」
「え?」
「家の周りを囲むようにして何十人という人たちが立っていて、窓という窓から中にいる私たちのことを見つめてくるの」
「小さな子供からお年寄りまで。さっき玄関の扉を早く閉めてって言ったのは、そうしないと家の中に入ってきちゃうから」
旧友の目に涙が溜まっていく。
体を鳥肌が覆い、突っ張るような痛みを感じる。
部屋の窓に目をやる。
ぴっちりと閉じられたカーテンの縁から、今にも大小さまざまな顔や手がにじり出して来そうな気がした。
end