創作怪談 「誰が殺した?」
目覚めると、自室の真ん中に男の死体が転がっていた。
後頭部に大きな打撃痕があり、そこからあふれ出た血液がこめかみを伝い床に大きな水たまりを作っている。
傷の具合から見るに背後から何者かに思い切り殴られうつ伏せで床に倒れ、そのままこと切れてしまったと予想できる。
この男はいったい誰だ?何故私の部屋で死んでいる?
男の顔は血だまりに浸っていて確認できない。
ひっくり返そうかと考えたが触るのも嫌だったし、下手に触れてしまうと警察に自分が犯人だと疑われてしまう可能性もある。
誰だ?誰が殺したのだ?まさか、自分?
昨夜の記憶を思い返してみる。同僚と深酒をし私がへべれけになってしまい同僚の肩に担がれて何とかタクシーに乗り込んだのは覚えている。
程なくして同僚の声で目を覚まし、そのころには幾分意識を取り戻していたので自室まで一人でたどり着き、部屋のロックを解除し帰宅した。
そこからだ。そこからの記憶が無い。おそらくすぐに眠りに落ちてしまったと思う。
そして私はそのまま一度も目を覚ますことなくこうして朝を迎えた。
なによりそこまで酒に酔った状態でこんな成人男性を殺害できるだろうか?
私が殺してしまったという可能性はかなり低いと考える。
だとしたらこの死体は外部から何者かによって持ち込まれた?
私に罪を擦り付けるつもりでこの部屋に死体を運んだのだろうか?
誰が?何のために?
昨夜の酒がまだ残っているのも相まって頭がズキズキと痛む。
とりあえず警察を呼ぼう。自分一人で思案していてもらちが明かない。
端末を手に取ろうとしたとき、玄関のロックが外れる音が聞こえた。
扉が開き、何者かの足音がリビングへと伸びてくる。
開け放たれた扉から、見知らぬ男が部屋に入って来た。
「誰だあんた」
私の声を全く意に介さずに男は床に転がった死体の両足をつかむと、ずるずると入ってきた扉に向かって引きずっていく。
「おい!あんた!聞こえないのか?」
大きな声を出したが、男は私に一瞥もくれない。まるで私のことを認知していないかのように。
掴みかかろうかとも思ったが、男は凶器を所持しているかもしれない。
安易な行動を取るわけにはいかない。
男と一定の距離を取りながら後に続くと、男は浴室に死体を連れ込んだ。
死体の両脇に腕を通し持ち上げると、バスタブに乱雑に放り込む。
死体の向きが変わり、顔が確認できた。中年の男性。右目の下にほくろがあった。
男は前もって浴室に置いていたのであろうカバンから大きな瓶を取り出すと、中身を死体にぶちまけた。
白い煙が上がり、男の身体がぐずぐずと溶けだし辺りに異臭が立ち込める。
胃の中身が急激に競り上がってきた。私はたまらず洗面所へと駆け込むと嘔吐した。
口内からとめどなく唾液と吐瀉物がないまぜになった物がしたたり落ちる。
死体を処理しに来たのだ。しかし、腑に落ちない。
私に罪を擦り付けるのが目的であるならば、死体なんて処理する必要など皆無だ。
そのままほっぽっておいて何の問題も無いはずだ。
蛇口をひねり吐いたものを流し顔を上げたところで私は息をのんだ。
鏡に中年の男が映っている。右目の下にほくろがある。
バスタブの中で溶かされている男と、全く同じ顔が鏡に映っている。
浴室から肉の溶ける音が聞こえる。
私は人を殺してなどいなかった。人に殺されていたのだ。
END