雨怪 Amekai

離島住みの怪談好きの創作

創作怪談 「感触」

気が付くと僕は森の中にいた。

何故か右手に大型の両口ハンマーを携えて。

眼下には座布団ほどの大きさの切株があり、その横に老人が腰を下ろして僕を見上げている。

老人は傍らに置いた麻袋の中からリンゴを一つ取り出すと、切株の上に置き。

「頼むよ」

と言った。

「何を?」

僕が聞くと老人は薄く笑みを浮かべた後、僕が握っているハンマーに視線を移した。

「そのハンマーでこのリンゴをたたき割って欲しいんだ」

「なぜ?」

「その音が好きなんだ」

再び視線を僕に移した老人から言い知れぬ圧力を感じた。

僕は視線をリンゴに移して、ハンマーを振りかぶった。

目の端に老人が映る。瞼を閉じてほほ笑んでいる。

ハンマーを振り下ろす。

果肉の砕ける音と共に、腕に心地よい衝撃が走った。

ハンマーを切株からどかすと、老人が砕けた肉片を手で払い新たなリンゴを切株の上に置いた。

「私の気が済むまで頼むよ」

と老人が言った。

僕は再度ハンマーを振りかぶり、ルビーのようなリンゴに向かってハンマーを振り下ろした。

リンゴの爆ぜる音が、森にこだまする。

僕がハンマーを振り下ろすのと老人が次のリンゴを据える間隔が合致してきたのか、次第にリズミカルになる。

振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る・・・・・・。

次第に意識は無意識になり、動きも機械的なものになる。
腕の疲れも気にならない。
リンゴが砕ける音と手に伝わる衝撃に酔いしれる。

リンゴがなみなみと詰まっていた麻袋も中身が大分少なくなってきているのかへたってきている。

この感触を味わうことができるのも、あと数回か・・・・・・。

名残惜しそうに一打、一打吟味する。

振りかぶって、ハンマーを振り下ろしたその瞬間。

リンゴをはねのけ老人が切株の淵に手を添え状態を乗り出すと、ハンマーの着打点に頭を置いた。

老人と目が合う。とても穏やかな表情で僕を見ている。

振り下ろされ加速を始めたハンマーの軌道を変えることはできない、今更止めることもできない。

思わず僕は目を閉じた。リンゴとは質の違う肉、骨、様々なものが砕け散る音と。複雑な衝撃が手に走った。

「ああ・・・良い・・・この音が好きなんだ」

老人の声が頭の中に響いた。

僕は体を跳ねるように震わせながら目を覚ました。

ぐっしょりと汗をかいている。

夢だったことに安堵したが、手にはあの感触が残っている。

リンゴ、いや、人の頭を叩き潰した感触が。

この感触を僕は忘れることが出来るだろうか、もし忘れることが出来なかったとしたら。

僕はどうすればいいのだろう・・・・・・

END

創作怪談 金縛り

来た。

金縛り。友人宅で眠るといつもこうだ。

美味しい物をたらふく食べて、たらふく飲んでこの上なく良い気分で眠りに落ちれたというのに。

金縛りの原理が科学的に解明され、霊などの仕業ではなく単なる生理現象だと知った時僕は心底喜んだものだ。

が、それならば何故その空間に存在しないモノの姿が見えたり声が聞こえるなどの「恐怖」がセットになっているのだろう?

それは古来より日本人の中で金縛りとは霊によって引き起こされるものと言い伝えられてきたせいなのだという。

だから我々日本人は金縛りにあうと「これは、霊のしわざだ」と強烈に思い込んでしまうらしい。

それによって自ら恐怖をイメージし、それが像や音になって具現化してしまうそうだ。
憎むぞ。ご先祖。

ちなみに外国人はエイリアンや宇宙人が見えるのだそう。

体は固まって動かない。

目は動くようだが、こういう時に部屋の中を見渡すとろくなモノが映らない。

今回もその例に漏れなかった。

部屋の角に腰ほどまで伸び散らかした髪を前に垂らしたジャパニーズホラーの権化のような女が立っている。

その表情は髪によってさえぎられ一切分からないが、何故だか僕はその女と目が合ったような気がした。

ヤバいな。と思っていると、その女がゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。

恐ろしくて目をつむってしまおうと思ったが、瞼が固まって閉じることが出来ない。

眼球も動かすことが出来ず、迫りくる女を凝視せざるおえない状況。

近くで眠っている友人を起こす為に声を出そうとするが、消え入りそうなうめき声しか出せない。

そうこうしている内に女は僕の枕元までやってきた。

今から僕は何をされるのだろう?首でも絞められるのだろうか?

と、これから女が僕に行うであろう所業が脳裏に次々と浮かんでくる。

だが今まで多少は怖い目に合ってきたが、死にそうなほどのことは無かったので、今回も少し我慢すれば大丈夫だろう。

そんな程度に考えていると、女が枯れ枝のような右手で自分の左腕の付け根を握った。

ゴキ ボキ ブチブチブチ

骨が砕け、肉の千切れる生々しい音が部屋の中に響く。

なんと、女は自らの腕を引きちぎったのだ。

僕は女の予想だにしない行動に息が止まりそうになった。

ボトリ・・・・・・

女が千切った腕を僕の腹の上に落とす。

「うう」

うめきが漏れる。そのはずみで先ほどまで動かすことが出来なかった目が動き、腹の上の腕を捉えた。

女の腕の重みと、ひんやりとした感触をTシャツ越しに感じる。

なんだ?これに何の意味があるんだ?何がしたいんだ?

恐怖が頭の中を駆け巡り、隙間なく僕の頭の中を埋め尽くしていく。

ゴソ・・・ゴソ・・・

僕は目を丸くした。

腹の上の腕がひとりでに動き出したのだ。

細い枝のような指が、僕の腹に噛みつくように立てられる。

ズブ・・・ズ・・・ズブリ

僕は絶叫した。しかしそれは僕の中でしか響かず、外にはかすかなうめき声として漏れるだけだった。

女の腕が僕の腹の中に沈んでいく。腕がうねりながら手のひらの後に続く。痛みは全くないのだが、異物が腹の中でうごめく感触は鮮明。

この上ない恐怖と不快感。気が付けば僕は泣いていた。

ゴキン・・・・・・

また何かの折れる音が聞こえた。

音の方に目をやる。

女が自分の首から上を引きちぎり、右手に携えているのだ。

まさか・・・・・・嫌だ嫌だ嫌だいやだやめろやめろやめろやめろ!!

僕のそんな訴えもむなしく、女は自らの頭部を僕の腹の上に落とした。

ドスン

女の髪が左右に分かれ、今まで見ることのできなかった表情が見えた。

眼球が零れ落ちるのではないかと言うほどに見開かれた目で僕を見ている。

そしてゆっくりと口角を上げてぎちゃりと笑った。

やめろ!やめろ!いやだいやだ!いやだ!

女の頭が僕の腹の中に飛び込んだ。


僕は目を覚ました。

カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。朝。

やはり夢まぼろしだったのだと安堵したが、最悪の朝だ。

ぐっしょりと汗をかいていたので、僕はシャワーを浴びた。

鏡に自分を映して腹部を確認する。特に異常は見られない。不快感も無い。

だが一つだけ気になることがある。体重が2キロも増えているのだ。

昨夜たくさん飲んで食べたから、そのせいだろう。

そうだ。きっとそのせいだ・・・・・・。

END

実話怪談 「真っ赤な箱」

こんばんは、通り雨です。

今日は僕の母が、修学旅行先で体験したお話です。

母は普段からよく一緒に遊んでいた友人と二人で自由時間を共に行動していました。

土産屋や観光スポットを巡るのではなくその土地の美味しい物をなるべくたくさん食べよう。というテーマのもとに散策をしていたそうです。

友人と甘いものを平らげた母は、友人に次の店を探す前にお手洗いを済ませておこうと提案しました。

すると友人が近くの公園を指さして、あそこに公衆トイレがあるからあそこで済ませようと言いました。

しかし、母の目には異質な光景が飛び込んできました。

友人が指をさして公衆トイレだと言ったものは、窓も入り口も無い真っ赤な立方体の箱だったのです。

その時母は背筋に冷たい物が這うのを感じ、できることなら近づきたくないと思ったそうですが、友人を不安にさせない為にと我慢して一緒にその箱の元に向かったそうです。

ブランコや滑り台では親子が遊んでいて、ベンチではコーヒーを片手に談笑する人達。

どこにでもあるなごやかな雰囲気。それとのギャップ。

近づけば近づくほど、見れば見るほどその血を塗りたくられたかのような赤い箱の異質さが際立ちます。

だんだんと母の体は緊張し、呼吸は浅くなっていったそうです。

不意に、その赤い箱の中から一人の男性が壁を通り抜けて出てきました。

そしてその男性と入れ替わるようにして違う男性が何食わぬ顔で壁をすり抜けて中へと入っていきます。

ああ、自分の目にあれは公衆トイレには到底見えないけれど、友人の言葉に嘘は無いのだなと思ったそうですが、

あの壁を何とか恐怖に耐えてすり抜けたとして、その中身は自分にはどういった風に見えるのだろう?

中に入ることはできても外に出られなくなったらどうしよう?

不安は不安を呼び、ぐるぐると考えている内に友人が先に赤い箱の壁の中へと姿を消しました。

母も友人の後に続くようにして壁へと歩を進めます。

ゴンッ

母の瞳の中で火花が散りました。

友人を含め他の人達が難なくすり抜けている壁に、母だけが衝突してしまったのです。

痛むおでこをさすっていると「何してんの?早くおいでよ」

と、壁の中から友人の声がします。

改めてその壁に近づいて今度は頭からではなく手を体の前にかざしてその壁の中に入ろうとしますがダメ。

力を込めて押してもダメ・・・・・・。

母だけがどうしてもその壁の中に入ることができないようです。

何故だろう?という疑問も感じたそうですが、この中に入ることが出来ないということで、少し安堵もしたそうです。

用を済ませ壁の中から出てきた友人が、怪訝そうな顔で母を見ます。

「どうしたの?大丈夫?」

「うん、なんでもない。まだここで済ませなくても大丈夫な気がするから」

行こう行こう。と母は友人を急かしてその場を後にしたそうです。

END

創作怪談 井戸の中で待ってます

「今日の放課後、暇?」

昼休憩、隣のクラスのAが、僕を訪ねてやってきた。

僕はかじったアンパンがまだ口の中に残っているのをよそおい、返答を待つAに掌を向けて制しながら考えを張り巡らせた。

どうやって、この誘いを断ろうか。

時折ふらっと現れるこの男の誘いは少なくともろくでもないことだ。

こいつの誘いに乗って、何度ひどい目にあったことか。

それも決まって火の粉が降りかかるのは首謀者であるAではなく、渋々付き合っている僕ばかり・・・・・・。

今回もきっと、その例に漏れない筈だ

「あ~、ごめん、今日、部活があるから」

「今日はバレー部とバスケ部が体育館使うから、バドミントン部は練習無しって聞いたけど」

「あ~、そうだった。それでさ、今日はすぐ帰ってうちの店番しなくちゃならないんだ」

「君の家さ、今日定休日だよね?」

「あ・・・」

僕は口ごもってしまった。

思考の引き出しを片っ端から開けて、さらにそれをひっくり返して裏側まで探したが、打開策は出てこない。

それに対してAは微笑んでいる。

僕が次にどんなカードを切ってくるのかを楽しみに待っているといった表情だ。

人からの誘いを、嘘でもなんでもいいから何か理由をつけないと断れないという、僕の性分をAは熟知している。

そして、僕が理由をこじつけて断れない日を選んでAはやってくるのだ。

この男につかまった時点で、僕の負けは確定していたということ。

もう少し足掻こうと思ったが、今回も駄目そうだ。

「わかった、付き合うよ」
「あらら、今日は一段と早く折れるね」

Aが物足りなさそうに言って肩をすくめた。

もう少し逃げる僕のことを追いかけまわして遊びたかったのだろう。

そんなAの思惑を透かしてやった様な気になったが、こっ酷くやられる前に情けなく白旗を上げただけのことである。


「それで、今回はなにをするの?」

「うん、その前に、昨日事故があったの知ってる?」

「事故?ああ、母ちゃんからきいたよ『ティア』の前で、小学生の男の子がバスにひかれて亡くなったって」

「そう、で、その原因って知ってる?」

「原因?いや、その子が道路に飛び出したから轢かれたんでしょ?ただの事故じゃないの?」

「いや、それが違うんだな」

Aが不気味にほほ笑んだ。

「井戸だよ」

「井戸?」

「そう『ティア』の横に古い井戸があるんだ。生活水を汲んだりする為の井戸じゃなくて、昔その土地で起こったいざこざで無念の死を遂げた者達の霊魂を鎮めるための井戸さ」

「へえ、そんなものがあったんだ。だけどさ、それが事故と何の関係があるの?」

「その小学生が、井戸の蓋をあけちゃったんだよ。それが原因で事故にあったって噂だよ」

「何それ、祟りってこと?」

「そう!」

Aが心底楽しそうな声を出して僕を指さした。

最悪だ。どんなロクでもない誘いも尻尾を巻いて逃げ出すレベルのロクでもない誘いだ。

「まさか」

「お、察したかい。今日の放課後、その井戸の蓋、開けに行こう」

昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。

Aは踵を返し、僕の声を置き去りにして風のように教室を出ていった。

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「ティア」とは、僕の住んでいる地区に唯一存在するスーパーマーケットのことである。

その中にある道路に面した喫茶店で、Aと僕は二人でアイスを食べることにした。

学校からここまでの道中で火照った体を冷やすのと、井戸に向かう気持ちを作るための小休止。

「しっかり吟味して食べなよ?最後のアイスになるかもしれないから」

Aがケタケタと笑う。

全く洒落になっていない。

運ばれてきたアイスをAはお茶漬けでも食べるようにして掻き込むと、さあさあ早く早くといった表情で僕を見つめた。

そんなAを尻目に、僕は時間をたっぷりとかけてアイスを口に運んだ。

頭が痛い。アイスを食べたせいだろうか?それとも、これから死ぬかもしれないという恐怖からくる頭痛だろうか?

いや、恐らく両方だろう。

茶店から道路に出ると「それじゃあ、やりますか」
とAが屈託の無い笑顔を見せた。

それに対して僕の顔は、陰鬱に沈み込んでいる。

道行く人たちの目には、死ぬかもしれないという愚行を率先して行うこの男の方が、朗らかな青年に見えていることだろう。

そんなバカなことはやめておけと至極まっとうな意見を持つ僕の方が、何かをこじらせてそうな陰気臭いやつに見えていることだろう。

世の中は理不尽だ。

「それで?その井戸ってどこにあるの?」

「これだよ」

「は?」

Aが足元を指さした。見ると、一見マンホールと見間違えてしまいそうな、木製の蓋で閉じられた穴があった。

「え、これがその井戸?」

「うん、これがその井戸だよ」

「本当に?」

もっと鳥居などが建てられていて、はた目にもわかるような物を想像していたのだが全く違った。

それに喫茶店から出て、まだ数歩と歩いていない。

開けたら死ぬ危険性のあるいわくつきの井戸が、こんな近くにかつこんな無造作にあるとは思っていなかった僕は、完全に虚をつかれてしまい、言葉を失ってしまった。

「結構深いんだねー」

Aが穴の中を覗き込んでいる。

僕は、自分を落ち着かせることで精いっぱいだった。

大丈夫、大丈夫、大丈夫、蓋を開けさえしなければ大丈・・・・・・蓋?

しゃがんで穴を覗き込んでいるAの脇に、木で作られた円盤状の何かが置かれている。

「あの、Aさん?それって、もしかして」

「ん、これ?井戸の蓋だよ。いやーごめんね。我慢できなくってさ」

体中の血液が引いていくのを感じた。

「その井戸の蓋を開けた小学生が、バスにはねられて死んだんだよね」

昼休憩にAに言われた言葉が頭の中にこだまする。

背後で、車のエンジンの音が聞こえた。

小さな悲鳴を上げて振り返る。

一台の軽自動車が、僕の前をゆったりと通り過ぎていく。

おびえた表情の僕を、ドライバーが怪訝そうな顔で見ていた。

僕たちは、死んでしまうのだろうか?

それとも、蓋を開けたAにだけこの井戸の祟りが降りかかるのだろうか?

だとすれば、このままAと一緒にいるのは危ないのではないか?

様々な考えが頭の中で交錯して、クラッシュして、炎上する。

苦しい。まともに呼吸ができない。

「大丈夫?」

Aが僕の肩に手を置いて、顔を覗き込んできた。

「いや、やばいかも」

僕はなんとか言葉を絞り出した。

「もう帰ろうよ、十分でしょ?」

そう言って、僕はちらりと井戸を見た。

その瞬間、僕はAを置き去りにして走り出していた。

井戸の中から男とも女ともつかない人間が、穴の縁に指をかけ顔だけを出してこちらを睨んでいたのだ。

その日僕は夕食もとらず、風呂にも入らず、部屋にカギをかけて、ベッドに潜り込んだ。

目を閉じると、自分を睨んでいたあの顔が浮かんできて、結局朝まで眠ることができなかった。

昼休憩、僕は弁当に全く箸をつけられないでいた。

朝のホームルームが終わった後すぐにAのクラスを訪ねたのだがAは登校しておらず、まだ学校には何の連絡も無いとのことだった。

もしかしたら・・・僕は、最悪の事態を想像した。

胃が、きりきりと痛む。

「おはよう」

緊張感のかけらもない声が聞こえた。

見ると何食わぬ顔で、Aが僕の前に立っている。

「いや~、ちょっと遅くまでゲームしててさ、大遅刻だよ」

そう言ってAが僕の前の机に腰かけて、缶コーヒーの蓋を開けて飲み干すと「まっずいいい」と顔をしかめた。

この男は、どういう神経をしているのだろうか。
いや、恐らく神経が無いのだろう。

ただ、無事でよかった。これはAが死んでしまうと僕にも何か影響があるのではないか?という疑問が解消されたという意味で良かったというのが半分。

「死んだかと思ったよ、何も起こらなかった?」

「それなんだけどさ」

Aがポケットから携帯電話を取り出し、少し操作すると、僕に画面を見せてきた。
メールの受信画面だった。

本文を見る。

僕は凍り付いた。


「井戸の中で待ってます」



メールの内容は、その一文だけ。

「君ってさ、携帯電話持ってなかったよね?」

「うん、持ってない」

「じゃあ、誰だろうな?このメール送ってきたの。学校の誰にもアドレスは教えていなんだけどな、それにさ、このメールおかしいんだ。返信ができないんだよ」

そんなメールに返事を書こうと思ったAに対しても恐怖を覚えたが、僕は再び、井戸の中から僕達を睨んでいたあの顔を思い出した。

「それでさ、今日の夜、何か予定あるかい?」

「ないけど、何するの?」

「井戸の中にさ、入ってみよう」

「それだけは無理!!」

END

 

 

 



実話怪談 死神

今回のお話は僕が実際に体験したことを脚色無しで書いていきます。

二十代前半に僕はかなりレアな体験をしました。

「生と死の間」から帰還したのです。

こう書くとかっこよくて、どこか荘厳な印象を与えることができるのですが、実際はどこに出しても恥ずかしい失敗談なだけです。

急性アルコール中毒でぶっ倒れたのです。

詳しい数値はおぼえておりませんが、致死量の数倍のアルコールを摂取していたそうで「万が一」助かっても何かしらの障害は残る。と親は僕が意識不明の状態の時に医師からそう伝えられていたそうです。

とんでもないですね笑
幸いなんの後遺症もなく、健康に過ごせてはいますが、
両親にはもう二度とあんな思いはさせたくありません・・・・・・

話がそれました。僕が倒れたのが二十一時ごろ。

そこから時はぐりぐりと流れ、翌日の十六時にようやく意識を取り戻しました。

時間にして十九時間ほどでしょうか。

前置きが長くなりましたが、今回メインとなるお話は、僕が意識を取り戻す直前に見た夢の話となります。

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気が付くと、僕は一枚つなぎの入院着を着て冷たいコンクリートの道路の上に裸足で立っていました。

目の前には木製の柱の街灯が立っていて、僕に頼りない光を落としています。

その街灯と周囲の景色に僕は既視感を覚えました。僕が立っている場所は、僕の実家の目の前だったのです。

踵を返すと実家の玄関があり、すりガラスの扉の向こうにあたたかな光が滲んで見えました。

家族に会いたい。と玄関の方に一歩踏み出そうとしたとき、体ががちりと固まりました。

なにをどうやっても動かすことができません。

幸い頭だけはなんとか動かすことができたので周囲を見渡していると、二十メートルほど先にある十字路の角から、ナニカ大きな物体が顔を出したのが見えました。

何だろう?と見つめていると、徐々にそのナニカの全貌が明らかになってきました。

体はドラムのように太く、そこからそれを支えるにはなんとも頼りない四本の足が生えていました。

顔はブルドッグのような、中年の男性のような顔で、顎についた肉が前掛けのようにだらしなく垂れ下がっていました。

その異様な見た目の中で未だに強烈に覚えていて、最も印象深かったのが。

右前足の付け根から、女性を思わせるとても美しい陶器のような腕が生えていたことです。

しかしその腕は神経が通っていないのか、だらりと力無くうなだれていました。

その犬のような生き物は僕と目を合わせると、ひきつらせるように口角を上げました。

そしてぶるぶると身震いをした後、こちらに向かって巨体を揺らしながら走ってきます。

前足の付け根から生えた腕が、犬の身体が上下するたびにそれに合わせて大きく揺れます。

今思い出すととてつもなく恐ろしい光景なのですが、それを実際に目の当たりにしていた当時の僕の心境はこうです。

「なんて可愛らしいんだろう」

です。

この世の中にこんなにも愛らしくて愛おしくて抱きしめたくなる生き物がいたなんて。

と本気で、心の底からそう思っていました。

気づけば、体の自由が戻っていました。

しかし僕はそれから逃げるのではなく、実家の玄関に向かうでもなく、膝を折って両手を前に差し出し、迫りくるその異形を胸の中に招き入れようとしたのです。

どんどんと距離が縮み、それが僕の懐に飛び込もうとした瞬間、背後からテレビの砂嵐のような、男の罵声のようなけたたましい轟音が鳴り響きました。

僕は思わず両耳を手でふさぎました。

すさまじい音と、体をぼきぼきとたたまれてしまうんじゃないかという圧力を感じました。

あの犬は?あの愛らしい生き物は?

見ると犬は僕の目の前で地に伏せ、苦しそうにあえいでいます。

そのときに僕はこう叫びました。

「やめろ!なんでこんなかわいそうなことをすんだ!こんなに可愛いのに!」

やめろ!やめろ!と叫べどその轟音はどんどんと際限なく大きくなり、それに耐えきれず夢の中で意識を失った瞬間、僕は意識を取り戻しました。

あの犬のような生き物を受け入れていたら、僕はおそらく死んでいたのではないかなと思います。

あれは、死神だったように思います。

END






























創作怪談 自動販売機

飲み足りない・・・

最後の缶ビールが底をつきかけた時にそう思った。

休みの前日、趣味である怪談を聞きながら夜更かしをしていると興が乗ってしまい、普段は缶ビールの二本も飲み干せば眠くなってくるのだが、今日はまるで眠くならない。

時刻は深夜12時になろうかというところ。

近所にコンビニは無く、今の時間に営業している商店も無い。

いつも買い物をする24時間営業のショッピングモールは車で15分ほどかかる距離。

お酒を飲んでしまっているので運転はできない、かといって歩いて行くには遠すぎる。

どうしたものかと余ったビールを缶の底で回していると、歩いて5分ほどの距離にある自動販売機のことを思い出した。

値段が高く、過去に1度利用してそれきりだったのだが、背に腹はかえられない。

私は余ったビールを流し込んで上着を羽織ると、外に出た。

私の住んでいるアパートの周囲には街灯が無く、1人で歩くのはかなり心細い。

さっきまで怪談を聞いていたせいもあってか、闇の中にナニカが潜んでいてこちらをジッと見ているのではないか。と想像してしまう始末。

無意識の内に足早になる。

しばらく行くと、遠くにぽつりと灯りが見えた。目的の自動販売機だ。

今まで闇の中を1人で歩いてきた心細さと、暗闇に感じていた恐怖心のせいか、その光が少しあたたかに見えた私は、小走りでそれに近寄った。

小銭を投入口に入れスイッチを押そうとしたところで、思わず声を上げてしまった。

缶ビールのスイッチの上に、カエルが張り付いているのだ。

さらに、カエルは1匹や2匹ではなく、10何匹は張り付いている。

生粋のカエル嫌いの私にとっては身の毛もよだつ光景だ。

なんで自動販売機にこんなにカエルが大挙しているのかと疑問に思っていると、私の頬を何かが撫でた。

反射で身をかわして見ると、その何かの正体は、1匹の蛾だった。

自動販売機の光に吸い寄せられてやってきたのであろうそれは電照板に張り付いて、羽を休め始めた。

そこに、ビールのスイッチの上にいたカエルがにじり寄ってきて、パクリと蛾を食べてしまった。

なるほど、と私は思った。

虫は光に吸い寄せられる。

自動販売機に張り付いて待っていれば、カエルたちは労せずして餌にありつけるという訳だ。

私はその光景を感心して見ていたが、自分の目的を思い出し、今の内だとスイッチを押した。

ゴトン

さっきまで怪談を聞いていたせいだろうか。ふと私はこんなことを考えてしまった。

自動販売機の光に吸い寄せられた虫を、カエルが食べる。

私はお酒が飲みたくて、この自動販売機に吸い寄せられた。

言うなれば、私は光に吸い寄せられたあの蛾と同じ。

もし、そんな私のような人間を待っていて、食べてしまおうと狙っているナニカがいるとしたら・・・・・・。

なんてな、早く帰ろう。

私はしゃがんで、取り出し口の蓋を開けた。













女と、目が合った。

END

心霊写真を焼き増ししたら・・・

あなたは、悪魔というものを見たことがあるか?僕は見たことがある。

そして今も悪魔に苛まれ続けている。

美術の教科書に描かれている悪魔のように悪魔ぜんとしたものではない。

そうであったら「ここに悪魔がいるぞ!」

と言って、正義の名のもとに火あぶりにでもなんにでも処すことができるだろう。

だが、僕の知っている悪魔は人の皮をかぶり、柔和な男の姿をしている。

成績優秀。品行方正。

悪魔は周到に立ち回り僕以外の人間の信頼をいとも容易く獲得してしまっている。

よって「こいつは悪魔だぞ!」といくら叫んだところで、なんの効果もない。

逆に僕自身が善良な一市民を非難する危険分子として吊るしあげられることになるだろう。

かといって、僕一人でその悪魔を払うすべはない。

残された道はただ一つ「逃げる」ことだけだった。

昼休憩が始まると同時に僕は弁当箱と水筒を持って教室を飛び出した。

嫌な予感がしたのだ「悪魔」が僕を訪ねてやってくる予感がしたのだ。

この予感が的中する確率は百パーセントだ。それに従って逃げてはみるものの、悲しいことに逃げきれたことはない。

「悪魔」の到来を察知する才能を神は僕に与えてくれたが、それを回避する才能は与えてくれなかったようだ。

天は人に二物を与えない。

かと言って無抵抗のままだと癪なので、少しでも悪魔を手こずらせてやろうと僕は廊下を行く。

曲がり角でぶつかりかけた教師が大声で何かを言ったが、僕はそんな声を置き去りにして走り続けた。

上履きのまま校舎の裏側に抜ける。

校舎の背中を沿うようにして走ってたどり着いたのは、校庭の隅にひっそりと建てられた体育祭などで使用するライン引きやコーンなどが保管されている倉庫の裏側。

石灰と苔がこびりついた壁にお構いなしに背中を預けると、僕は細切れになって口からこぼれる呼吸を整えた。

なるべく息を殺して、気配を殺して。

少し体を傾ければ、校庭が一望できる。

ここまで来たからと言って安心はできないが「悪魔」の接近に気づくことができる可能性はぐんと高くなる。

シャツが汗でしなって背中に張り付いている。

気持ち悪い。それが気になるということは、いささか心身が冷静になってきたということだろう。

僕は携えた水筒の蓋を開け、冷えたお茶を流し込んだ。

「やあ、暑いねえ」

涼し気な「悪魔」の声が聞こえた。僕は口に含んでいたお茶を盛大に噴き出してむせかえってしまった。

声のした方を見る。倉庫の影から「悪魔」が、Aが顔をのぞかせた。

「な、なんでここが分かったの?」

「いやあ、君の僕に対する恐怖感や嫌悪感、そういった感情がないまぜになった物がモクモクと狼煙のように立ちのぼっているのが見えてね、それを追いかけていたらここにたどり着いたという訳さ」

Aの言ったことを僕は心底ばかばかしいと思った。言い終えて少ししてからAがけらけらと笑い出した。自分でもばかばかしいことだと思ったのだろう。

しかし、僕がAに抱いている感情はAの言ったとおり並大抵の物ではない。

そんな馬鹿なことがあるわけがないだろうと思ったが、僕が抱いている感情は視認できるほどに濃密な物になっている可能性は十分ある。

鍋から溢れるほどに煮詰まって熟成されたこの感情がそういう風に具現化してくれればいいのになと思った。

それさえ楽しむであろう目の前のAという男を、実態をもったその象の腕で思い切りぶん殴ることができればどれだけ僕の心は救われるだろう・・・・・・。

そんなことが実際にあるわけもない。それにこの距離まで近づかれたら逃げるすべもない。

僕は観念して、あぐらをかいて弁当箱の蓋を開けた。片側に押しやられたおかずたちが哀愁を誘う。

「それで、今日はなんの用?」

中身のすっかり偏ってしまった弁当の中身を箸で整理しながら尋ねると、彼は一枚の紙切れを僕の膝の上に投げ落とした。

僕は小さく悲鳴を上げると、反射でそれから目を背けた。

Aは生粋のオカルトマニアだ。彼が僕に手渡す物といえば、そういった物の中でとりわけ悪質で悪い意味で質の高い物に決まっている。

そして、彼はそういう類の物のフェイクを好まない。

それで人を怖がらせるのはもっと好まない。

なので彼が僕に投げたこの紙切れもそういう類の物だと見らずともわかる。

そこだけは唯一信頼できる。最悪の信頼だけれども。

「大丈夫だよ。蟻くらいだったら殺せる力はあるだろうけど」

彼がつまらなそうに僕に言った。

恐る恐る膝の上の紙に目をやる。紙切れかと思っていたそれは一枚の写真だった。

手に取って見てみると、真っ黒に焼け焦げたオフィスのような場所に不気味な女が立っている写真だった。

長い髪を無造作に体の前にたらし、その髪の隙間から眼球がこぼれそうなほどに見開かれた目が覗いている。

その体は足元に向かうほどに透けていて、膝のあたりで途切れていた。

「これって、心霊写真?」

「そう。ただその筋の人に見てもらったんだけど、微弱な力しか持っていないんだってさ」

彼が言うには、隣町のとあるビルの二階に入っていた事務所の女社員が人間関係のいざこざからその事務所に深夜に忍び込み焼身自殺をしたらしいのだ。

補修することができないほどに燃えてしまったらしく、そのビルに入っていたテナントも全て撤退。今では廃ビルになっているらしい。

それからその建物の前を通った人から「火事のあって閉鎖されている誰もいないはずの事務所から女が見下ろしてくる」「たまに炎が揺らめくような光が見える」

などの噂話がされるようになり、その真相を確かめるべく女が自殺した時間に合わせて深夜事務所に忍び込んで撮れた写真がこれだというのだ。

天は二物を与えない。しかしこのAという男は例外だ。

「好奇心」と「行動力」と「悪運」Aは神からその三物を与えられている。

それをもってして彼が心血を注いで熱中するのが「オカルト」

こけつまろびつ逃げ果せる人々の奔流を嬉々としてさかのぼって行くのがこのAという男だ。

そしてどんなことが起こっても必ず生還する。

「これ、どうするの?」

「とりあえず焼き増しして、心霊番組や雑誌を作っている会社に片っ端から送り付けてみるよ。小銭が稼げたら御の字ってところだね」

「そうですか・・・」

「そういうことだから、じゃあごゆっくり」

「え?それだけの為に僕に会いに来たのか?」

「そうだよ~。たったこれだけの為にずいぶんと必死に逃げたものだ。おつかれさま~」
Aは僕の手から写真を取り上げると、カラカラと笑い僕に背を向けて霞のように消えた。
背中に張り付いたシャツの感触が気持ち悪い。つまんで引き剥がすと、苔と石灰の入り混じったものが指に付着して僕をさらに不快にさせた。

なんだかここまで逃げてきた自分自身が馬鹿みたいに思え無性に悔しくなった。

僕は弁当の隅に押しやられ、輪郭が少し角張ってしまったミートボールに箸を突き立てた。


それから二日が経過した日の夜。

僕はけたたましい叫び声で目が覚めた。

飛び起きると窓の縁からオレンジ色の何かがちらちらと中を覗き込んできている。

寝ぼけたままおぼつかない足取りで窓に近づき開けた途端、熱風が部屋の中に入り込んできた。

窓から身を乗り出して外を見ると、隣家が燃えていた。

叫び声の正体は消防車のサイレンの音だった。

寝間着のまま外に飛び出す。僕は目を丸くした。

轟々とのたうつ炎に咀嚼されているのはAの家だった。

消防車から放水は行われているが、火の勢いが強すぎるせいか、消防隊員は家の中に入れないでいるようだった。

何かが砕けて崩れ落ちる音が中から聞こえ、炎が身体を大きくうねらせる。

Aは無事だろうか?あの男のことだ、上手く逃げ出しているはずだろうが。

しかしまだ家の中にいるとしたら、いくらあの男と家ど無事では済まないだろう。

かといって、僕にはどうすることもできない。ただただ立ちつくして見守ることしかできない。

「いやぁ、よく燃えるね」

聞き覚えのある声がした。隣を見るとAが花火でも見るような顔で僕の横に立っていた。

唖然としている僕の顔を見ると、ししい、とAが笑った。顔の右半分は血のような炎の色がまつわりついていて、左はそれに反して真っ黒に塗られている。

Aの中の悪魔が表に出てきたようだと思った。

「まるで、死人でも見るような顔だね」

「いや、君が中にいるかと思って」

「妙な胸騒ぎがしてね。祖父の家に避難していたんだ」

「そっか・・・・・・」

柱の折れる音が聞こえて、家が傾く。

離れろ!と言う消防隊員の声と、やじ馬の女性の悲鳴が聞こえた。

「まさか、こんなことになるとはねえ」

「あの写真が原因?」

「どうもね」

「力の弱い写真だって言ってたじゃないか」

「焼き増ししたのがまずかったようだ」

「と言うと?」

「あの写真単体の力は微弱なものだったようだけど、焼き増しすることによってあの霊の存在も増えてしまったようでね。ちりも積もればなんとやらで、こんなことを起こす
力を手に入れてしまったようだ」

「それ、誰に聞いたの?」

「誰にも。ただ、そうだったら面白いなと思っただけさ」

「そうですか・・・・・・・」

「そこで君に相談があるんだけど」

そう言ってAが件の写真を僕の眼前に差し出した。

「俺の推測が正しければ、これを焼き増ししてひどい目に合わせてやりたい奴に送れば、このような目に合わせることが出来るということだ」

Aが深夜の通販番組のような薄っぺらな調子で語を継ぐ。

「どうだい?君にはそんな相手はいないかい?今なら格安で譲ってあげるが?」

本当にこの男は心底救いようのない奴だな。心配していたのがだんだんとバカバカしくなり、だんだんと腹立たしくなってきた。

「相手ならいるよ」

「へえ、君に恨まれる人間がこの世にいるのかい?どんなやつだい?」

「君だよ」

思い切ってそう言ってやった。もしかしたら、悪魔のような顔をしていたかもしれない。

Aが一瞬キョトンとした顔をになったあと、腹を抱えて哄笑した。

消防隊員とやじ馬が白い目でAを睨む。

まさか目の前で燃えている家の住人がこの男だとは、誰も思うまい。

END