雨怪 Amekai

離島住みの怪談好きの創作

創作怪談 「感触」

気が付くと僕は森の中にいた。

何故か右手に大型の両口ハンマーを携えて。

眼下には座布団ほどの大きさの切株があり、その横に老人が腰を下ろして僕を見上げている。

老人は傍らに置いた麻袋の中からリンゴを一つ取り出すと、切株の上に置き。

「頼むよ」

と言った。

「何を?」

僕が聞くと老人は薄く笑みを浮かべた後、僕が握っているハンマーに視線を移した。

「そのハンマーでこのリンゴをたたき割って欲しいんだ」

「なぜ?」

「その音が好きなんだ」

再び視線を僕に移した老人から言い知れぬ圧力を感じた。

僕は視線をリンゴに移して、ハンマーを振りかぶった。

目の端に老人が映る。瞼を閉じてほほ笑んでいる。

ハンマーを振り下ろす。

果肉の砕ける音と共に、腕に心地よい衝撃が走った。

ハンマーを切株からどかすと、老人が砕けた肉片を手で払い新たなリンゴを切株の上に置いた。

「私の気が済むまで頼むよ」

と老人が言った。

僕は再度ハンマーを振りかぶり、ルビーのようなリンゴに向かってハンマーを振り下ろした。

リンゴの爆ぜる音が、森にこだまする。

僕がハンマーを振り下ろすのと老人が次のリンゴを据える間隔が合致してきたのか、次第にリズミカルになる。

振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る。
振りかぶって、リンゴを叩き割る・・・・・・。

次第に意識は無意識になり、動きも機械的なものになる。
腕の疲れも気にならない。
リンゴが砕ける音と手に伝わる衝撃に酔いしれる。

リンゴがなみなみと詰まっていた麻袋も中身が大分少なくなってきているのかへたってきている。

この感触を味わうことができるのも、あと数回か・・・・・・。

名残惜しそうに一打、一打吟味する。

振りかぶって、ハンマーを振り下ろしたその瞬間。

リンゴをはねのけ老人が切株の淵に手を添え状態を乗り出すと、ハンマーの着打点に頭を置いた。

老人と目が合う。とても穏やかな表情で僕を見ている。

振り下ろされ加速を始めたハンマーの軌道を変えることはできない、今更止めることもできない。

思わず僕は目を閉じた。リンゴとは質の違う肉、骨、様々なものが砕け散る音と。複雑な衝撃が手に走った。

「ああ・・・良い・・・この音が好きなんだ」

老人の声が頭の中に響いた。

僕は体を跳ねるように震わせながら目を覚ました。

ぐっしょりと汗をかいている。

夢だったことに安堵したが、手にはあの感触が残っている。

リンゴ、いや、人の頭を叩き潰した感触が。

この感触を僕は忘れることが出来るだろうか、もし忘れることが出来なかったとしたら。

僕はどうすればいいのだろう・・・・・・

END